Lee's Words 李国秀オフィシャルブログ

コンフェデレーションズ杯メキシコ戦 本当にザッケローニで大丈夫なのか?

lee-sungrass

日本時間6月23日早朝に行われたコンフェデレーションズ杯メキシコ戦について、元ヴェルディ総監督・李国秀の批評をお届けします。

日本にとっては、W杯出場を決めた豪州戦から過酷な3週間の旅だったと思う。ストレスに加え、肉体的にも疲労困ぱいだっただろう。しかし、「頑張った」「最後まで戦った」という精神論は終わりにしよう。

メキシコなど今回戦った一流国の攻撃は、いずれも滑らかだった。日本はぎくしゃくしていた。それはサッカーで肝心な「いつ、どこ、なぜ」という意識で差があったからだ。

日本は一つひとつのパスの意味が見えにくかった。本田は今回の3試合、本当に良くなかった。「いつパスをもらうか」「どこに出すか」はあっても、「なぜ」が見えないプレーが時折、出るからだ。細貝もパスを受けると、「どうしよう」という顔をしていた。

岡崎などは次のプレーの予測が明確で、それが創造力につながる。香川も5分、ゴール前に抜け出した場面は、「シュートを打ちたい」という目的が意識にあるから「いつ、どこでパスをもらうか」がプレーに現れた。

サッカーは、ボールを動かしながら「どこから攻めるか」「いつスピードを上げるか」を考えて進める競技だ。ただ単に「パスが回ります」という見方は捨てた方がいい。

精神論よりも、技術論や判断力を評価基準に持ち、お互いに厳しく求め合うことで、1年後には爽快な戦いができるようになるかもしれない。ファンやメディアにも、そうした視点が必要だ。W杯への本当の旅はここから始まるのだ。(元ヴェルディ総監督)

6月24日読売新聞朝刊より

 

───コンフェデレーションズ杯メキシコ戦、日本代表は1-2で敗れました。

メキシコと日本のベースの差が明らかになった試合と言えます。日本のレベル、サッカーという競技がどのような競技なのかを考えさせられる試合です。

───ザッケローニについては?

監督は一夜にして英雄になり、そして一夜にしてお払い箱になる職業です。コンフェデ杯のような大会では、監督や選手に通信簿が出ます。

監督の仕事は先発メンバーを選び、ミーティングをし、選手交代をし、そして試合後の会見で記者たちと戦い……と、様々ありますが、通信簿を◯△✕でつけるとするならば、✕をつけざるを得ないのが今大会でしょう。

「なぜザッケローニか」の議論なき現状

───ザッケローニのどのような点がダメだったのでしょうか?

ザッケローニが「いい」「悪い」を表面的に語るつもりはないのですが、そもそもの話として、なぜザッケローニが監督なのか。

記者たちは日本代表の監督を決める人たちに訊いてみるべきでしょう。ザッケローニ監督のどこがいいのかを。

───たしかにザッケローニ就任が報道されたとき、唐突感がありました。

ザッケローニはACミランで監督をやった人ですから実績はあるのでしょうが、代表監督はやったことがない人です。W杯上位を目指すのならば、その選択に論理性がないでしょう。

───ザッケローニ以外の選択肢は誰になりますか?

わかりませんよ。ただ、世界を見渡して、日本代表の監督をやりたい監督ってどのくらいいるのでしょう? そう考えると、やはり日本代表の監督は日本人がいいのではと思います。

───メキシコ戦のザッケローニ采配については?

相手が疲れてきた場面でなぜ乾を使わないのだろうとは思いましたね。

DFは疲れて足腰に来ているとき、乾のようなキレの良いドリブラーに出てこられるのが一番イヤなのですよ。

交代で出てきた内田、吉田、中村憲剛が悪いと言いたいわけではありませんがね。3戦を通して攻撃的な交代が奏功したとは言い難い。ザッケローニは少し混乱しているように見えました。

───乾貴士はコンフェデ杯ではブラジル戦に数分出場しただけでした。

乾も「なぜ俺は使われないのだろう」とイライラしているのではないですかね。

プロ選手はサラリーマンではなく、個人事業主なので、試合に出してもらえないと評価の対象にすらなりません。これから乾とザッケローニの関係がギスギスすることもあり得ます。「ここは俺だろう」という場面で出番が来ないと、チームに小さなほころびが生じることは往々にしてあるのですよ。

選手の不満を抑えるのも監督の仕事ではあるのですが、ザッケローニと選手の関係を想像すると心配になってしまいます。

3試合で9失点 守備陣は崩壊したのか?

───日本代表に良かった選手はいましたか?

日本にも、もちろんいい選手はいますよ。選手の所属チームや貰っている対価は正直です。そういう意味で、いいプレーをした香川、メキシコの14番(エルナンデス)が所属するマンチェスター・ユナイテッドのスカウトは正しい眼を持っていると改めて証明されたのでは。

───香川はそんなに良かったですか?

まわりとの調和はなかったですけどね。

マンチェスター・ユナイテッドでもドルトムントでも、サッカーの原則論を幼い頃から叩きこまれた選手たちとプレーしていましたから、戸惑いがあったのでしょう。

欧州の一流クラブでは、サッカーの原則論が叩きこまれていなければ、チームメイトは口を聞いてくれませんし、パスも来ません。

日本代表では、「俺はマンUの選手なんだから、もっとボールをよこせ」とばかりに要求してもいいのでしょうが、香川のプレーにはどこか奥ゆかしさを感じました。

───メキシコ代表ではエルナンデスの他に気になった選手はいますか?

18番(グアルダード)とかね。緩急をつけられる選手で「とてもいい選手だ」と思い、所属チームを見たらバレンシアと書いてあったので、「なるほど。さすが欧州の一流クラブは正しい眼を持っている」と感じました。

欧州の一流クラブは、今に至るまでスカウトが成功と失敗を繰り返し、選手獲得に独自の評価基準を持っています。そこに引っかかるかどうかが重要です。

───話は変わりますが、コンフェデ3試合で9失点。守備陣は崩壊してしまったのでしょうか。

一般論では、ブラジル戦は「相手が凄かった」で終わります。しかし、先制点を決めたネイマールにもう少し体を寄せていたら、コースを消していたら、どうなっていたか。厳しく見ると、そう指摘せざるを得ません。

サッカーではボールを奪われた瞬間から守備が始まります。そのときボールを取りに行くのか、引いて守るのか、チームとして統一されていたかどうか。

そして、今のボランチ2人が守備面でどうなのだろうと。ボランチにも様々なタイプがいますが、あまりボランチのタイプとか定義の議論になっていないのが気になります。

野球で言えば「2番バッターはバントができる選手」みたいな定義がありますよね。しかし、日本では選手名の議論は盛んですが、ボランチにはこういうタイプが相応しいという議論がないのが気になるところです。

───イタリア戦の2失点目、吉田のプレーも批判を呼びました。

私はあの場面、川島と吉田の関係がどうだったんだろうと気になりました。キーパーが「外へ出せ」と指示すれば終わっていた場面です。

川島から指示が出ていたけど、吉田がそれを聞かなかったのかもしれません。しかし、試合後に2人が口論したとか、殴りあったとかいう話も聞かないですし。2人は仲良し軍団なのかなと思ってしまうわけですが。

日本の指導者、メディアの価値観への疑問

───メキシコと比較して日本は何が違うのでしょうか。

あなたはどう思いますか?

───サッカースタイルだけを見れば似ているように思うのですが。

サッカー人はそういう風には捉えないでしょうね。少なくとも私は。

先ほどメキシコとはベースに差があると言いました。これはメキシコの選手は「いつボールを出すのか」「どこにボールを出すのか」というサッカーの原則に忠実で、日本は曖昧だったと言い換えてもいい。

───同じような体格でパスを回しながら攻めるスタイルは似ていると感じたのですが。

メディアもサポーターの方々も、サッカーという競技がどのような競技かについて、もう少し理解を深めて頂けないでしょうか。

日本ではよく「ボールが回ってますね」という言い方をします。元日本代表の解説者でさえも。

しかし、サッカーという競技はボールを回す競技ではありません。「ボールを動かしながら、いつ攻めるのか、どこから攻めるのかを伺う」ものなのですよ。それが原則です。

───メキシコはボールを動かし、日本はただボールを回していた、と。

サッカー一流国の選手はそうした原則論が育成段階で叩きこまれていますから。

メキシコのボールの動かし方は滑らかでした。日本はどこかでギクシャクしてしまう。

読書に例えてみましょう。メキシコの選手は漢字が読めるからスラスラ読める。日本の選手は、難しい漢字は読めないからつっかえながらしか読めない。そんな感じではないですか。

───どうすればギクシャクせずにすむのでしょうか?

まず、選手の基礎的なレベルの差を埋めていくことでしょう。

一流国の選手はプロになるまでの関所が多い。「いつボールを出すのか」「どこにボールを出すのか」「なぜボールを出すのか」といった原則を意識できない選手は、プロになる前に切り捨てられてしまうのですよ。

───育成組織に問題があるということでしょうか。

日本は高校3年生や大学4年生になったら、サッカーの原則論が叩きこまれていない選手であっても、ところてん式にプロになっていきます。しかし、一流国では何歳であっても、一定のレベルに達していればプロになります。

日本の育成段階では、プロの世界ではどういう選手が求められるのか、という視点が欠けているようにも感じます。日本の指導者や世論は、「勝ったの?負けたの?」という会話ばかりです。

しかし、高校で日本一になったらプロでやれるのですかね? 指導者もメディアもその点で少し見方を変えて頂ければと思うのです。

───育成段階でそれだけの違いがあるとしたら、日本が一流国の仲間入りをするのはいつになるのだろうと気が遠くなってしまいます。

まず、「頑張ったね」「よくやったね」という精神論で語るのをやめましょう。頑張るのは当たり前の話ですから、そこにプラスαされる技術や判断力をベースにサッカーを論じていきましょう。

そしてコンフェデ杯の3戦を通して、選手個人のベースの部分で日本が劣っていることが明らかになりました。サッカーでは、ベースが劣っていても勝ってしまうこともあります。つまり、いいプレーをしたほうが負け、悪いプレーをしたほうが勝ってしまうことも起こりうるのがサッカーです。

しかし、W杯5大会連続出場で、いわば5階建ての建物ができたわけですから、願わくばメディアや指導者もサッカーを見る視点を上げて、より厳しく批評していただきたい。そして「勝ったの?負けたの?」という議論ばかりではなく、「いい選手を作っていこう」という視点を、もっと重要視していただければと思います。

───ありがとうございました