───日本代表はベルギー戦で敗れ、2018年のW杯はベスト16で敗退しました。勝てた試合のように見えましたが。
どの試合も勝てるし、そして負けるし。質問の意図がはっきりしませんが、「2得点を先制しながら、それを生かせなかった試合」と言えば、あの試合で起こったことがより明確になると思います。
日本代表の現実的な目標はステージアップ、ベスト8だったでしょう。
西野監督の仕事がどうであったかを検証することが必要です。
90分での勝利、延長戦での勝利、延長の末PK戦での勝利。この3つの何を狙ってどんな手を打ったのか。何がうまくいき、何がうまくいかなかったのか。
───ベルギー戦直後に神奈川新聞に寄稿していましたね。「一夜にして英雄になった監督の無策ぶりがあらわになった」「ディフェンスの選手を入れて最終ラインを一人余らせ、中盤も厚くするべきだった」と。
監督は、1試合を戦う上で4つの試合をすると私は考えます。
1.相手の分析をしながら頭で1試合
2.試合前に選手にゲームプランを伝える
3.ハーフタイムでの指示
4.試合後の公式インタビュー
西野監督が相手の分析をする段階で2点リードのシミュレーションをしていなかったのではないかと思います。
───2-0となったときにどのような戦い方をすべきだったか。あの時間帯こそ時間稼ぎをすべきだったという批判もあります。
監督はとやかく言われるのが仕事なので、いろいろな批評はあるでしょう。私もその意見には一理あると思いますが。
監督としては、まず相手の動きを観察します。誰が投入されるのか? その選手の特長を把握し対応するのが監督の仕事だし、醍醐味です。
ベルギー戦の西野監督はどうだったか?
西野さんはベルギー戦の後半45分間を人生最後の日まで後悔し続けると思います。
───もっとほかに手があったのではないかということですか。
2-0でリードできていたわけですからね。
W杯ベスト16の舞台は日本サッカー界が経験してきたもっとも高い場所。日本サッカー界の頂点です。
Jリーグ、ユース代表、高校サッカー、日本の選手育成システムも、「何のためにやってるの?」と言われれば、あのベルギー戦のために存在していたと言っても過言ではない。
相手が選手を代えてきたときになぜ動けなかったのか。西野監督がサッカー人生で存在意義を見せるとしたら、まさにあのときでした。あのとき動かなくて、いつ動くの?
悔やんでも悔やみきれない。本人が一番悔しいでしょう。
───同点に追いつかれるまでは「次はブラジル戦か」と多くの人が思っていました。
イングランドとコロンビアの試合を観ましたか?
巧くて賢い選手が死に物狂いで戦っている。死闘ですよね。
その領域にはまだ達していなかったということです。
───個々の選手について、感想を聞かせてください。
圧巻だったのが乾選手。
大迫選手もそこそこ。
長友選手もそこそこ。ベルギー戦で体当たりしながら警告をもらわなかったのは、人柄かな。
そして吉田選手はギリギリのプレーだった。肉体的にも精神的にも限界でフィールドで戦ってた。
酒井宏樹選手も持ち味を出していました。
香川選手はもっとボールに触らないと。
原口選手は遠慮がちでした。時間を作れる選手になると良いと思います。そうしたら酒井選手とのタイミングが合うのに。
柴崎選手は洗練されたプレーが欲しい。出来る選手だけに点数が辛くなってしまいます。敵がいないところでは良いパスができるが自陣でのミスが気になる。全体をリードしていくことは難しいのかもしれません。香川選手が入っていたトップ下のポジションが適正だと思いますが、どうだろう。
───なるほど。柴崎選手の評価はもう少し良いと思っていました。個別の選手では川島選手への批判が多いのですが、別のGKに代える選択肢はありえたのでしょうか?
誰を使おうが結果は一緒だったと思う。監督の決断なので、とやかくは言えません。
ひとつ言うならば、川島選手のフィードには意志を感じませんでした。サッカーとはボールに意志を乗せてやるものですから。
───ベルギー戦では交代選手に切り札が不足していたのでは。レギュラー組とサブ組に力の差があったように見えました。選手編成は妥当だったのでしょうか。
何を差と言うのか? 長くなるのでここではやめましょう。
簡単に言うと大人のプレー、幼いプレーということです。
───わかるようでわからないような。監督問題のゴタゴタの影響もあったと思います。とはいえ、ハリル監督が重用したメンバー、槙野、山口蛍、宇佐美、井手口、浅野らも良かったかというとそうでもないかなと。逆に柴崎、乾はハリル監督のままなら選ばれなかった可能性が高い。彼らなしで、ハリルが重用したメンバーでW杯に臨んでいたら悪い結果だったようにも思えるが。
憶測でものを語るのはやめましょう。
そこは、終わった話にしないと女々しいのでは。
ところで「女々しい」なんて言って大丈夫かな。
───どういうことですか?
差別とかハラスメントとか言われますからね。
───そこを気にしているのが意外です。いまのところ「女々しい」を言葉狩りする風潮は感じませんが、たしかにそうなってもおかしくはないですね。
そういうご時世ですから。
───はい。ところでアジアのチームはほとんど勝てていません。日本代表も10人のコロンビアにしか勝っていない。これがアジア人のDNA的な限界ではと思うのですが。
生物学的な質問はよくわかりません。
ただ、過去、現在、未来という軸で考えましょうよ。過去があるから現在があって未来がある。
過去を紐解けば、1966年イングランド大会でのベスト8に北朝鮮が、2002年には韓国のベスト4、日本も初のベスト16でした。
勝ってないわけではない。
───2002年の韓国は判定問題もあるのでノーカウントにしたいところですけど。
いろいろありますけどね。ただ1966年の北朝鮮ベスト8はイングランド開催ですから。
オシムさんが新聞で北朝鮮のベスト8について語っていたも記事を見たこともあります。イタリアを破っていますから、欧州人にとってよっぽど衝撃的だったのでしょう。
───日本サッカーは育成年代では勝利至上主義、結果主義なのに、なぜその経験や知見が世界大会で反映されないのか。
私はスポーツにおける大人のモラルの差だと思います。
一つの例として、父親はスポーツをしてる子供に、「今日は勝ったの?」と聞くか、「今日は良いプレーをしたか?」と聞くか、どちらでしょうね。
───「今日は勝ったの?」が多いかもしれません。
どちらが良いか。この議論から始めないと。
「今日は良いプレーをしたか?」と聞く親が増えれば、「良いプレーってどんなプレー?」という会話が生まれませんか? そこに議論や考察が生まれる。
サッカーって技術と判断力のスポーツだと思います。日本代表がW杯のたびに作るレポートには毎回「身体能力の差」と書かれているそうですが、本当にそうだろうか。
日本代表と海外の選手に50メートルをヨーイドンでダッシュさせてみてください。そんなに大きな差はないはずです。身長は多少、日本は低いかもしれない。しかし、むしろ技術や判断力の差のほうが大きくて。
───技術や判断力にどのくらい差があるのか、可視化されづらいですよね。
緩急を上手く使うからいとも簡単に相手を置き去りにできるし、ボールを失わない持ち方ができるから相手の足が届かないところへボールを運べる。
身体能力の差だと思っている局面は、実は技術と判断力の差だろうと思うのです。
───なるほど。4年後が期待できそうな選手はいましたか? いたらその理由とともに教えてください。
若い選手が選ばれていないので何とも言えない。
日本には10代でも才能豊かな選手が多く生まれてきたと思う。しかし選手を選ぶ立場の人にそれが見えているのだろうかと。見えないのであればその才能も芽が出ない。
才能を見極める人が少ないのでは。そしてその才能を伸ばせる人が誰なのか?
───若手と言われる選手で良いと思う選手は?
いや、私はスカウト業ではないですからね。
映像でしか観たことはないけど、久保建英選手とか、奥川雅也選手とか。無難な言い方ですが、悪くないんじゃない?と。
私が直接見た範囲では、名前は挙げませんけど神奈川県のユース年代にもたくさんいますよ。いい選手が。
───今回のW杯に収穫はあったんでしょうか?
ゲームを観ることには収穫があります。何を見るか、比べるか、真似るか。それは人それぞれですけど。
サッカーファンの方には、テレビ中継の解説者で誰が良かったか、どのような言葉遣いでサッカーを伝えたかを、ぜひ比較してほしいと思います。
あるいは活字メディアでは誰が一番鋭かったか。
観る側にとってサッカーってコミュニティーですよね。サッカーの真髄を伝えたのは誰だったか。年齢を超えた会話が弾むきっかけを作ったのはどのメディアだったか。
───解説者については前回の記事でも、「ボールを回す」と「ボールを動かす」の違いについて触れながら問題提起していましたね。正直、専門誌以外のいわゆる大手メディアでは、サッカー的な正しさなどはどうでもよくて、数字が取れればいいという考えなのかなと思いますが。
日本代表戦も、国内の開催ではスタジアムに行くとコンサート会場のような雰囲気です。それが良い悪いではなくてね。サッカー文化がサッカー先進国とは少し違った形で日本に伝わっている。
そして、それが「今日は勝ったの?」という親子の会話を生んでしまったりしているのかもしれない。
Jリーグでもベストイレブンとか、オールスター投票とかやるんですから、解説者にも順位やランク付けがあってもいい。
───それは、テレビ解説に俺を呼べ!的なことですか(笑)?
そうではなくてね。
いや、呼んでくれてもいいんだけど。
───エンターテインメント的なものだけではなく、知的好奇心を刺激するようなサッカーメディアがもっと増えてほしいとは思います。インターネットにはいくつかありますけどね。李さんはネットの使い方がアレなのでご存じないとは思いますが。
それはそうなのかもしれない。私が言っているのはテレビや新聞の話で。
───はい。テレビでは、時間稼ぎで勝ったときは「結果がすべて」、負けたら「善戦した。感動をありがとう」。一般向けメディアのサッカー報道は、こんな感じに見えました。サッカーファンにとっては、違和感はあります。ただ、それを「変えよう!」と力んでいる人はいなくて、ネットでマニアックなコンテンツへ流れているのかなと。
それがこの国の現状でしょう。
昨日も海外の選手やメディアが日本の戦いを称賛しているなんて紹介されていましたけど、お世辞に決まってるじゃないですか。真に受ける人もどうかしてますよね。
テレビや活字など、伝えるメディアが大人っぽいか、子供っぽいか。サッカーに限った話でもないのでしょう。
───決勝トーナメント進出という結果を受けて、田嶋会長が成果や自らの正当性を主張する、あるいは世論もサッカー協会の責任論を求めない展開が予想されます。監督問題の混乱とか、意思決定への不信感は不問とされるかもしれません。その点についてはどう考えますか。
FIFAは1つの国に1つの協会しか認めていません。言い方はともかく、独占ですよね。だからこそ協会のモラルは重要です。競争でもあれば違うのでしょうが。
私はサッカーが日本をリードしていければ何と素敵なんだろうと。そうあってほしいと願っています。人作り、施設作り、海外との交流などね。
───たとえばどういうことをすればいいのでしょう?
私はサッカーを「世界を覗く窓」だと思っています。
フランス代表のメンバーを見ましたか?半分くらいが有色人種で、19歳の選手がいて。では、フランスの政界はどうですか? 経済界はどうですか? 昨年のフランス大統領選に有色人種の候補者はいましたか?
───大統領候補は全員、白人に見える人たちでしたね。もしかしたら先祖に有色人種がいるのかもしれませんが。政界や経済界はわかりませんけど、サッカー界よりは人種的多様性に欠けるのではと推測されます。
それがサッカーの凄さだと思っていて。
フランス代表を見れば、人種、宗教、年齢にかかわらず優れた才能が抜擢されるんだということが一目瞭然です。
世代によって人種の比率も違うでしょうから、一概には言えない。けれども優れた人間を抜擢するシステムとしては、他の業界より先を行っているのでは。
日本も、政界や経済界の方々から「さすがだね、日本サッカー協会は」と言われたい。
W杯数ヶ月前からの日本サッカー界を見て「優れた人間なら誰でも抜擢される」、あるいは「サッカー界ってさすがだね」と感じた人がいただろうかと思う。
これはサッカーに関わるすべての人たちに突きつけられた課題ですよね。
「さすが」と言われるまでに何年かかるんだろう?
───ありがとうございました。
聞き手:@mzmktr
COMMENT ON FACEBOOK