Lee’s Words 李国秀オフィシャルブログ

李国秀は死んだ……日本代表監督、そして桐蔭学園での3年間について

2018年の李国秀

【日本代表について】

───このブログを最後に更新したのが2014年。実に4年ぶりの更新となります。その間、いろいろなことがありました。日本代表もザッケローニ、アギーレ、ハリルホジッチから西野朗氏と、3回の監督交代がありました。まずはハリル解任と聞いて、どう思われましたか。

驚きましたよね。こんな簡単に代わってしまうのかと。

技術委員長という人が睨みを利かせながら、いつでも取って代わるぞという態勢でいた……。これは緊張感があっていいことかもしれないけど、ハリル監督からすると敵か味方かわからない人がそばにいるのは気持ち悪かったのではないかと思います。

───多くのサッカーファンがあきれると同時に、負けてもともとだからもうどうでもいいんじゃない?という冷笑派も増えています。

日本代表がサッカーの人気を支えているし、ましてやW杯となると国民の関心事ですから、今回の決定はどうも腑に落ちない。サッカー人としては、もう少し明確な理由が欲しかったところです。

───ハリル監督は過去の監督と比べてどうですか?

歴代代表監督で一番おもしろかったのはトルシエです。野心家で「やってやるぞ」という顔つきで。あの当時、サッカー界全体がフラット3を真似ました。日本のトップチームを規範として真似ることはとてもいいことだと思います。

次のジーコは何も残りませんでした。

ドイツW杯後、読売新聞に「誰が監督を決めて、誰が責任を取るのか」と、川淵さんに向けて書いた記事があります。スポーツ面ではなく、新聞の見開き一面に掲載されました。サッカーが国民の大きな関心事になったのだなと思いました。

ザッケローニもブラジル大会では惨憺たるチーム作りで、何もなかったと思います。ACミランを率いた実績はありますけど、代表チームを率いた経験はなかった。

ハリルホジッチ監督は、代表チームを過去に率いた人ですから、楽しみにしていました。自分の哲学を出してみようという必死さが見えた部分では、今までの監督よりは期待していました。

───ハリル監督の哲学をどのように捉えていますか?

W杯の本番までに手を変え品を変え、いろいろな選手を試していたんだと思います。

まずブラジル大会後に私は「日本のサッカーはメキシコみたいな、体は大きくなくても上手くて賢いサッカーを目指すべき」と読売新聞に書きましたけど、メキシコ人のアギーレさんに決まったとき、サッカー協会は私のコラムを読んだのかななんて思いました(笑)。

───はい……。

その後に疑惑が出てハリル監督に代わって。彼は口調も強いけど、何かやってくれそうな雰囲気はありました。

たとえば本田圭佑は、私は好きな選手ですけど、ハリル監督は非常にドライに扱っていましたよね。

でも、チーム編成って監督の専権事項ですから。W杯の舞台を前に解任され、さぞ無念だろうなと想像します。契約上、彼はW杯に出場するノルマは達成したわけで。

───解任の要因として、スター選手を外したためにスポンサーが動いたとする「スポンサー圧力説」が囁かれていますが。

チーム編成について、いろいろな人がうごめいたということはあったのかもしれない。

───李さんは日本代表にスポンサーが推すスター選手を選ばざるを得ない状況を容認する派ですか?

折り合いがつけられるときと、そうでない場合があるから、難しい話ですね。

サッカーの監督には、その手の圧力に従う人、うまくやる人、嫌だから辞めるという人もいるし。

最大の問題は、スポンサーの圧力があったとして、「はい、わかりました」と言うような人にチームを託したいか?ということですよね。

そう考えると三浦知良と北澤豪を外した1998年の岡田武史さんはすごいことをしました。

今回はそれと真逆のことが起こったのかもしれません。

───たしかに。

あのとき、岡田さんは「自分がやりたいことをやらせてくれないなら監督を辞めます」くらいのことは言っていたのでは?

そして当時、日本で一番有名な監督になったにも関わらず、W杯後はJ2のコンサドーレ札幌から出直したことは男としてとてもあっぱれだと思います。

───ハリル監督の最終形を見たかったという声は多いです。

サッカー協会は代表監督を応援するべき組織だと思いますけど、どうもそうではないというか、迷走しているように見えます。

私自身、選手時代、指導者生活を通して、サッカーの価値を問うてきました。そんな中でJリーグができて以来、サッカーの価値を見直そうという動きが出てきました。代表の成績や選手の言動、行動を通した人間性などがメディアを通して伝わることで、その価値はさらに高まります。

私はサッカーの価値を上げたいと思う人間ですが、今回の決定でそれが上がったとは思えません。

W杯を戦い終えてどんな方向性が出るのか、現状ではそれしか楽しみはないかな。

───サッカーの価値が下がればスポンサーも結局は損をするように思いますが。

目先の損得、インスタントに得られるものを重視する国になってしまったということでしょう。

サッカー監督への評価基準がローカルで、世界から置いていかれているのが最大の問題です。日本にも評価基準があるならば、納得できる説明が欲しいです。

───田嶋幸三会長や西野監督とは、個人的なつながりはあるんですか?

同年代なので、若い頃から承知していますよ。西野さんとは、私がヴェルディ監督時代に、柏の監督として対戦もしています。

───田嶋さんはどんな人ですか?

まじめな人ですよね。サッカー界のために汗をかき、駆けずり回った人です。

───田嶋氏は、解任の理由はコミュニケーション不足と言っていましたが。

W杯出場という第一のミッションを達成し、第二のミッションであるW杯決勝トーナメント進出を目指していました。だからノルマは達成しているんですよね。

ハリル監督はトルシエと並んで、何かやってくれそうな雰囲気はあったんですけど。

───直近の試合結果が悪かったことも影響があったようです。

直前まで弱いフリををして相手を油断させる作戦の可能性もあったわけで。

サッカー協会はたしかにハリル監督に一旦はまかせましたが、田嶋さんはハリル監督と協会が契約に合意した時点では会長ではなかった。だから「俺が決めたわけじゃないからまかせられない」となってもおかしくはない。

───選手の一部からもクーデターがあったなんて報道もありましたけど。

ありえないと思いますよ。選手ってそんな風には動かないと信じてますが。

───香川真司が代表落選中にロッカールームまで押しかけて、当時技術委員長の西野氏と会談したことが、一部のサッカーファンには選手クーデター説の根拠になっているようです。

同じ仲間、サッカーピープル(仲間)だからロッカールームまで入れたんでしょう。

私だってトルシエ監督時代、スタジアムに行くと「おい李、こっち来いよ」ってトルシエに言われてロッカールームまで行ってましたよ。日本代表とは関係ないのに、おかしな話でしょう?

───あ、そんな緩い感じなんですね。

私もヴェルディ総監督時代はトルシエを見かけたら入れてましたし。

サッカーピープルってそういうものですよ。清水エスパルスの監督をしていたアルディレスやぺリマンも「サッカーピープル」という単語を使っていました。

それを胡散臭い調子で書くのは、程度の低いメディアではないでしょうか。まっとうな新聞ならそうは書きませんよね。

───サッカー協会の事情説明に納得している人が少ないから、その手のゴシップ記事が蔓延するのだと思います。

サッカーは評価基準を明確にしていくことが重要なのですが、それが世界からどんどんズレていってるように思います。

【2015年】

───さて、4年ぶりの更新ということで、李さん自身の4年間についても伺いたいと思います。まずは2015年、桐蔭学園サッカー部に復帰した時点から振り返っていただけますか。

2014年の12月末に当時の学校長、野坂校長先生(故人)から「ちょっとお話があるのですが時間をいただけませんか」と。「重要な話なので青葉区ではなくて横浜市内の他のエリアが良いのですが」とも仰ってました。

実際にお会いしたのは2015年の1月6日ですね。そこで桐蔭学園サッカー部の監督を引き受けてもらえないだろうかとお話がありました。

「何かあったのですか?」とお聞きしまして、まあいろいろあったみたいですけど、一度はお断りしました。

その後、すぐに電話がかかってきて「是非、お願いいたします」と言われまして、私からも条件を伝えて、やることになったんですけど。

───最初に一度お断りを入れたのはなぜですか?

ミッションが不明確なことと、学校側の内規と外部コーチの条件面などすり合わせに時間を要しました。私の条件はサッカー部部長の人事に関してと、あとは部員は1学年15人くらいでやりたいと。

───結果的には1学年15人にはなりませんでしたね。

最終的には理事長から「学校経営もあるので1学年20人にしてもらえないか」と言われまして、それは承諾しました。ですから1学年20人、60人体制でやりましょうというのが当初の話です。

───それは新しく入れる部員の話で、すでに入学していた部員はもっと多かったんですよね?

そこはスタッフの数を多くして、補うしかなかったんですけれども。まず、私は3月1日付けで監督に就任するはずで、もともと監督をされていた方に会って話を聞いたところ、部員は160人、スタッフは13人いたそうです。

「では、スタッフも交えて2月に集まってミーティングしましょう」ということで、来年度、つまり2015年度から前監督とも一緒にやるつもりでいたのですが、数日後に電話があって「お話があります」と。

それでお会いしたら前監督さんが「実は僕はサッカー部を離れます。李さんとは一緒にやれません」と言うので、「えー、どうしちゃったの」となったと同時に、2月1日付けで入らなければならない格好になってしまいました。

───前監督はなぜサッカー部を離れたのですか?

知りません。イヤだったんじゃないのかな(笑)。

私は、一緒にやってくれるものだと思っておりましたので本当に驚きました。

───2月1日から指導を始められたのですか?

いや、そのとき桐蔭学園はある大会に参加していたのですが、その試合を見に行って編成を考えたりしていたのが2月前半。初めて監督として公式戦に臨んだのが2月の後半ですから……。

───2月の半ばくらいということになりますね。前監督以外のスタッフはどうなったのですか?

数名は残りましたが、ほとんどいなくなりました。部員が160人いて、練習するグラウンドも足りないし、途方に暮れそうな話ですよね。

一面しかないグラウンドの半分を中学生が利用し、残り半分を高校生が使っていました。

聞けば、サッカー部内でチーム分けをしていて、あるチームは朝だけとか午後だけとか、そんな状況だったようです。

驚くと同時に、理解ができずにいました。私は朝練はしません。トレーニングとは、お利口になり、上手くなるためのものですから。

その後、チーム作りを進めている最中に「パワーハラスメントだ」なんていう声があがってきて収集がつかなくなってきた感じがしましたね。

───李さんのもとにはどんな声が届いていたのですか?

いや、知らない。私のところに直接はなくて、保護者が学校に言いに行ったのではないですかね。

───間接的に「パワハラだ」という指摘を受けて、どう応答したのでしょう?

いや、まずなんのことかわからなかったですから。学校が異様な空気であったことはたしかです。Aチームの20〜30人がいて、その現場はまったく問題ないのですが、選ばれてない人たちがワーワー言っていた記憶があります。

───チーム編成でそこまでの騒動になるのも異例ですね。

もちろん異例ですよね。私の仕事はサッカー部を立て直すことです。グラウンドが狭い中でも如何に効率的に使ったりとか。

それが理事長に呼ばれて「あんなこと言いましたか? こんなこと言いましたか?」って、まるで尋問まがいのことが続きましたけど、こちらは「あなたはAチーム、あなたはBチーム・・・」と編成した段階でしかないわけですから、まるでそれが悪いことかのような言われ方をして驚きました。

監督の仕事はまずはチームを編成することなんですよ。監督は評価基準を明確にしなければならない。しかし、その間にいろいろなことが起きてきて、編成すら満足にできませんでした。そして理事長からは「今年は何もしなくていいです」と。

───突然、休養になったわけですか?

まず2015年の3月に学校側と保護者が集まって、理事長が説明するという場が作られ、沈静化を図ったのですが、それが逆効果で見事に炎上しました。

そのとき理事長が私に「謝罪しなさい」と言うんですよ。何か変だぞと思いながらもここは我慢かな、と思いました。

───その場で父兄はなんと言っていたのですか?

「こんなこと言ったんですか?」「あんなこと言ったんですか?」「そんなこと学校は許すんですか?」とか。

ただ、続けていくためには謝罪なのかなと思い、「私の言動がみなさんに不愉快さを与えたとしたならば、大変遺憾に思います」という言い方をしました。

思えばそのとき辞任していればよかった。ただ、そのときは自分の夢を具現化したかった。もう一度、桐蔭学園サッカー部を立て直したかった。サッカーを通して人を作り世に送り出したかった。

───学校側はとにかく沈静化させようの一辺倒で、火に油を注いだように見えます。

学校側はそれ以来、私の後ろ盾には少しもならなかった。彼らにこうしようとか、アイデアはないんです。ただ、沈静化しなきゃとオタオタしていたのが2015年。

───2015年4月には週刊誌にも書かれる騒動になりました。パワハラかどうかは非常に主観的でデリケートな問題ですが、「パワハラだ」という声があがってしまったのは、李さんの言葉が刺激的だからだと思うんですよね。学校っぽくないというか。そのへんについてはどうお考えですか。

週刊誌に書かれたことは作られた話が多いんです。たとえば「背が低いやつはサッカー選手になれない。俺は使わない」なんて言っていたと書かれたのですが、ヴェルディ総監督時代も桜井直人という身長の低い選手を私自身が見て獲得し、攻撃の中心に据えていました。そんなこと言うわけないんですよ。

───どうしてそんな捏造をしてまで監督と争う事態になるのでしょうか?

いくつかのボタンの掛け違いがあったことは事実です。前の監督さんが残らずに去っていったりとか。

チームにそもそも「李を受け入れない」という空気があって、理由は後から作られていった。それが一番大きな問題なんですよ。Aチーム、Bチームと編成するだけでパワハラだなんだと収集がつかなくなりましたけど。

───聞いた話ですが、2015年に李さんが就任当初、セレクション的なものを経てチーム編成をしている段階で、ある選手が抜擢されてからチーム内がザワついたと聞きました。そして李さんがまだ選手の名前を覚えていないころは、その選手を「お気に入り」と呼んでいたと。それがきっかけで他の部員が不満を持ち、チームが荒れ始めたと。

お気に入りをお気に入りと呼んではいけないの? サッカーって上手くてお利口な子がやるべきものだと思っていますから。

───呼んじゃいけないわけではないですけど、たとえば「李氏は特定の数人をお気に入りと呼び、それ以外の子を差別している」なんてSNSで書かれたら、何も知らない第三者の正義感に火をつけちゃいますよ。「学校でそんなことがあっていいのか!」みたいな論調で。

「お気に入り」と呼んだのは、私の評価基準を改めて皆に印象づける意図もあったんです。上手くてボールを自由に扱える選手がいい選手という私の評価基準をね。

───一方で「お気に入り」ではなかった子たちが、徐々に李さんへの不満を露わにし始めたと聞きました。

私は編成をしているわけで、部員相手に人気取りゲームをやっているわけではないですから。私は、「君はお気に入りではない」といった言い方はしません。揚げ足取りをされている気分です。

それにしても「お気に入り」と呼ばれた子のプレッシャーたるや、凄かっただろうね。それを乗り越えていくから一流になるんですよ。

特定の選手がチームの中心になるなんて、世界中どのチームにもある話だと思うのですが、何が問題なんだろう。

───クラブチームであれば、そんな大きな問題にはならない気もしますが。

私が桐蔭学園でやってきたのは育成です。

サッカー部の目的は大人に褒められ、大人に認められること。プレーにしても言動にしても。

「世の中に出ていくための準備」ですよ。逆に言えば大人に認められる人材でなければ意味がない。ですから、サッカー部は大人に認められる、褒められるチームを目指すべきだと考えます。

育成において大会は評価戦で、試合をしていく中で学生たちを世の中へと向かわせなければならない。学生たちを変えて、世の中に送り出す……その過程で言葉は重要な意味を持ちます。やる気を起こさせたり、厳しくしつけたり、ですね。その中の一コマを切り取られてパワハラだと論じられたら、育成的な指導は成り立たないですよ。

私は人間としてハラスメント、差別をする気は毛頭ないですけれども、いわれのない誹謗中傷が2015年には多々あって、驚いたと同時にたいへんショックを受けたことは事実です。

それに対して学校側は正しく批評をしないし、説明もしない。このパワハラ問題は、学校側の方針がブレたということなのではと思います。

───李さんは1学年20人体制の少数精鋭方針だから、その20人に入れなかったらこのままどうなってしまうのだろうという不安を掻き立てた可能性はないですか? そのまま放置されてAチームに上がるチャンスもないんじゃないかと。

言いがかり的な質問ですね。私はサッカー部全員が選手として成功するとは思っておりません。

桐蔭サッカー部の目的は、サッカーを通して大人に認められ、褒められること。フィールドに於いても、フィールド外でも。

私はサッカー部に入部する選手には、保護者を交えて面談をします。

「なんでサッカー部に入りたいの?」と質問すると、子供たちは「プロ選手!」と言います。私はそれは無理だし、ここはプロ養成所ではなく学校だよ、と。保護者の方々にも私が考えるサッカー部の目的をお話しし納得して入部していただいてると思っています。

───SNS時代になってスポーツをする若者の間では精神主義が復活しています。「厳しい部活をやりきった」「仲間との絆」「みんなと一緒に頑張った」といったようなことを、本心はともかくとして言うようになった。

それはなんとなく感じます。

───能力のある子とない子を厳しく選別する李さんの世界観とは真逆です。

いずれにしても学校側は私を少しもかばわなかった。かばいきれなかったということかもしれないけれども。

私はこれから世の中に出ていく子供たちの指導を引き受けたわけであって、子供たちを陥れようとか、傷つけようとか、考えるわけがない。

───その意図が伝わっていたかどうか、伝えるような人がいたかどうかですよね。李さんはたしかに口調が強い。文言だけを切り取って言われた側がパワハラと主張すれば、第三者にはパワハラに見えてしまう。

指導とは一つの言葉で人を笑わせたり、こんちくしょうと思わせたり、言葉で人を導く職業ですから。

───言葉は辞書的な意味よりも、文脈や状況のほうが重要です。たとえば2017年、K1リーグの試合で、ある選手が交代時に交代用紙を本部ではなく相手ベンチへ持っていってしまった。そのとき李さんは「おい!吉本興業に売り飛ばすぞ!」とすかさずツッコミを入れていました。その選手も笑っていたし、ベンチにいた人も笑いを噛み殺していました。現場では微笑ましい光景に見えましたけど、文言だけを切り取ればパワハラ認定されても不思議ではない。

ピッチ内ではハッキリとした言葉で指導します。そうでないと時間がかかって仕方がない。

サッカーチームでは、選手と監督が独特の単語で会話することがありますし、よく「阿吽の呼吸」と言いますけど、選手同士だけでなく、選手と監督の間にもあります。それが他の人には理解できないこともあるでしょう。

───その指導の先には何があったのでしょう?

私は子供たちにサッカーの楽しさ、真髄を教えなければならないと思っています。

しかし、今のサッカー界ではスポーツで得なければならない要素とは真逆のことが起こっていて、無秩序で無規律なことが良しとされてしまっている。「自由」だとかね。

サッカーをプレーすることで得なければならない要素は「規律」「約束事」です。規律をグラウンド内外で学んだ子供たちが、それを社会で役立ていくんです。

サッカーを専門職にするならば、規律は一層厳しい世界です。それらを無視して「勝てばいい」という勝利至上主義的な考え方は私にはありません。

───李さんの目指した規律は、どんなサッカースタイルとなって具現化するのですか?

サッカーってボールを取られるとイライラするんです。ここが一番重要です。つまり、ボールを取られてイライラしないなら、それはサッカーではない。

ボールを取られないために工夫をすることがサッカーそのものと言ってもいい。ボールを取られない技術や工夫が高校1年生で身に付いているかと言えば、はなはだ疑わしい。

1学年に20人いるとするならば、20のサッカー観があるのはご存知ですか?

「なぜサッカーをやって、どうするの?」と問うと、子供たちは決まって「勝ちたい!」と言います。「どうすれば勝てるの?」と問うと「頑張る」「走る」と言う子がほとんどです。

私は「サッカーは一つのボールでお話しをする競技」と伝えます。そう言うと皆がきょとんとしますけど、そこから一つ一つ積み上げて行くのが私のやり方です。ここで全てをお話しできないのが残念ですが。

───規律や約束事によって、ボールを大事にするサッカーを実現するのが李さんの哲学というわけですね。

プロでも身に付いていない選手はいます。ヴェルディで総監督をやっていたときも、「なんでこの選手がチームにいるんだろう?」という選手がいました。日本代表クラスにも。

ただ、その選手を非難しているわけではないんです。こちらの哲学と合わないだけですから。

───その哲学に基づいてチーム編成をしたところ、パワハラ騒動が起こったと。

チーム編成って大事なんですよ。監督の哲学と評価基準が表れますから。でもクリスティアーノ・ロナウドがW杯で代表に落ちると思います? メッシが落ちると思います? 誰が監督でも選ぶでしょう。

それが香川真司だとどうだろう? 選ばれないかもしれない。誰が監督であっても選ばれる超一流が理想です。超一流と一流、二流を分けていくのがサッカーの世界。

桐蔭学園は能力別教育と銘打って、成績順のクラス分けを実践しているわけですから、学校の方針とも整合性がある話のはずなのですが。

【2016~17年】

───4月のパワハラ騒動以降はどのように過ごされていましたか?

翌年に入れる53期の選手を探さなければならないので、粛々とスカウティング活動を進めていました。

あと7月に理事長から、その年の1年生(52期)だけでも見てくださいと言われて約1ヶ月間、基礎的な指導しました。学校には新しく小さなグラウンドを作っていただき、合宿や遠征をして……、指導の最後に部員たちに感想文を書いてもらったんだけど、あんなことができるようになったとか、いろいろ書いてあって、指導というものは人を変えていくものだと改めて思いました。

───2016年も51期、52期に対しては指導はしていませんよね。

2015年の12月に桐蔭学園の国際会議室で、理事長、新スタッフで保護者と向き合って会合を持ちました。理事長から新年度サッカー部の方針を伝えるためです。

理事長はその場で「桐蔭学園の学校の方針として、サッカー部は強化部であり、李監督を中心に強化を進めていきます。この方針に従えるか、従えないか挙手で決めます」なんてことを仰って。

で、その場では「従えない」が大多数で引き続き51期と52期については2016年もなにもしなくてよいとなったわけですね

───理事長が保護者に学校の方針に従うかどうかを挙手させるとは、なんとも奇妙な話ですね。

面白い学校だねと驚きはしました。そんなわけで、2016年の4月からは私が探した選手と桐蔭中学からの内進生と、合計20人くらいの53期の選手だけで、3年計画の強化が始まりました。51期、52期のチームにはまったく関わっていません。

───分裂したということでしょうか。

別に私がそうしろと要求したわけではなく、学校側がそうしなさいと命じたわけですから。

なぜそうしたのかは校長か理事長に聞いてください。私が分裂させて何の得があるのですか?

ここでも辞任すべきだった。挙手ですよ。私が分裂しましょうと言ったわけではありません。

で、この会合が終わってから学校側(校長代理)から電話があり、理事長室に「来てください」と。実は52期を1ヶ月指導していた間にユニフォームと練習着を作っていたのですが、複数の父兄が学校側に「天下の李だから金なんか払わなくていいぞ」と言われたので払いませんと言ってきたそうなんです。

理事長室に行くと、理事長、校長(故人)、校長代理がいて、校長代理が私に複数名の保護者がここに来て、「練習着の費用は払わない。李さんが金なんか払わないでいいと言った」と言ってきたが、どういうことですか?と。

───李さんはどう反応したのですか?

意味がわかりませんでした。そんなことを言った覚えはない。

理事長は「でも複数名が言ってきたんですよ」と言ってましたけど、バカバカしい。タダでユニフォームが貰えるわけないじゃないですか。

複数名が絶対なんですよ。ありえます?

大手スポーツメーカーのアシックスさんに相談、快諾を得ながら進めた案件で、桐蔭学園の納入業者さんも間に入って頂き、サイズ調整、価格などを慎重に進めた話なのに。複数名が訴えたら調査をしないの? 私は記憶喪失になったのかと気が変になりそうでした。しかしながら子供たちの成長と変化に支えられ我慢しました。

驚きを通り越していました。今思えばこのときも辞めるべきでしたね。

メーカーを呼んで卸売業者の人も呼んで安価で良いものを提供し進めた話なのに。

もし言った言わないの話になるなら、すべての人間から聞き取り調査をすればいいのに、学校は複数名の父兄が言ったことを鵜呑みにして240万円のユニフォーム代を立て替えたんですよ。

本当に変なことが起きます。多数決の挙手や練習着の未払いなど。

───問題が起こると沈静化に走る学校側の姿勢が表れていますね。

学校側は私の言うことより複数名の父兄が言うことを信用した。つまり、嘘つき呼ばわりしたわけですよ。このときも辞めてしまえばよかった。

とはいえ53期の選手も獲ってましたから。ぐっと堪えて2016年度は53期の1年生だけで粛々とやっていました。

───2017年になると52期、53期の合同チームができます。

2016年の12月から1月にかけて学校側から言われたんですよ。セレクションをやって52期、53期で一緒にやったらどうですかと。それでセレクションをやって……、Aチームには52期を8人くらい入れたのかな。

私がスカウトした53期のチームに52期が合流し、初めて1つのチームになりました。2月に始動、清水のJ-STEPで合宿をして、3月に開幕するK1リーグに向けてチーム作りが始まったわけです。

───その合同チームはK1リーグの開幕戦だけで、再び分裂するんですよね。

3月の開幕戦の試合前に、52期のある選手がユニフォームを忘れて、どうしたの?みたいな話から、「李さんとはやりたくないです」と言い出しまして。

彼の主張は3年生だけでチームをやりたい、つまり52期だけでやりたいと。そこで部長や先生たちが協議して、関東大会とインターハイは3年生チームでやりますとなったので、「ああ、そうですか」と。K1リーグは1~2年生、つまり53期と54期のチームで戦うことになってしまうんですよ。

学校側は生徒から不満が出るとそれを聞いてしまう、穏便に済ませようとする。確たる方針はなく、その場に応じてこなすようなところがありました。

───3年生だけでやりたいという声が挙がったのは、Aチームに3年生が少ないと感じたからでしょうか。

少ないとか多いとか、そういう単語を使うからややこしい話になるのではないですか?

───何人だったら多くて、何人だったら少ないのか。その基準は主観的なものですけどね。ただ、52期からそういう声があがった裏にはそういう思いがあったのかなという風に見えます。

それはわかりません。知らないんですよ、本当に。「李さんとはやりたくないです」となって、ああそうですかとなったわけですからね。

───52期のチームは関東大会とインターハイ。53期・54期のチームはK1リーグ。冬の選手権に向けてどちらのチームが出るのかという議論もあったと思うのですが。

3年生だけでやりたいという希望を特別に許可したわけですから、関東大会とインターハイの県予選でベスト8に入らなければ、選手権は52期・53期・54期の合同チームで出ることになっていたんです。

そうしたらセレクション当日に52期は全員がボイコットしました。

それを受けて学校側は問題が起きてはいけないから、選手権は52期にあげなさいとなったわけです。

───53期から3人が52期のチームに移ったのはなぜですか?

知らない。あっちに行きたいから行ったのではとしか言いようがない。

───52期のチームが高校選手権を終え、2018年になって53期の3人が戻ってきたときにBチームだったことが、SNSで批判されていましたけど。

2018年のチーム立ち上げに1週間遅れてきたんですよ、彼らは。

そして私のところに来て、「僕たちどうしたらいいですか?」と。

横にいたコーチが、「その言い方はないだろう。これから一緒にやらせてください。お願いしますだろ」と言いましたけどね。

こっちはサッカーが好きな子からサッカーを奪うなんてことはしていませんし、彼らをいつAチームに上げようかと思っていたわけですから。

───2018年の3月には李さんがお辞めになるわけですが、その経緯についても聞かせてください。

2018年度、いよいよ高校の舞台に僕らが立たなければならいという思いがあって、春の遠征はどうしようかとか、1年の計画を作り出していたところでした。

2月8日に理事長からちょっと大変なことが起きているので来週会ってもらえないかと電話がありました。

それで私の代理人も含めて3人でお会いしたところ、理事長から「部員のアンケートをとりました」と。そのアンケートでは、2年生(53期)の大半から「李さんとはやりたくない」とか「李さんの言葉が…」とか、とてもひどいことが書かれていて、学校長や先生が「もう李さんにはまかせられない」と言っている。もう止まらないかもしれないと言われました。それが2月10日過ぎかな。

それで2月14日に理事長室に呼ばれ、行ってみたら理事長と校長先生がいて、彼らの言葉を要約すると「アンケートがとてもひどいので李さんにはまかせられない」と。

───それを聞いてどう反応したのですか?

「そうなんですか」と。「なんであなたたちは私に尋問しかしないのですか。アンケートがひどければ子供たちを呼んで話してみればいいじゃないですか」と言いました。

つまりね、アンケート云々は出来レースなんですよ。私を辞めさせるための。

「私をこの3年間、理事長とこの部屋で何回かお会いして、尋問はされましたけど助けになってくれたことは一度もありませんでしたね」と申し上げたことが記憶に残っています。

で、この事細かな話って必要? 

───ネットで好き放題書かれますから。この3年間をなかったことにしてブログを更新すると、「李国秀は隠蔽している」とか言われますよ。

隠蔽って大げさな。日本政府じゃないんだから。

───李さんはインターネットもさほどやらないから、そんなに気にしていないかもしれませんが、SNSではまあまあ大きな騒ぎになっていました。高校サッカー部の監督であんなに炎上する人、他にいないですよ。

へえ(笑)。そんなに悪者なんだ。

───SNSでは李さんが52期を全員Bチームに降格させて排除したことになっていますけど。

フェイクニュースですよ。どうしてそうなってしまうのかな。

───SNSってある面では「いいね獲得競争」です。悪い人、悪く見える人を糾弾することで「いいね」がたくさん貰える。いいねをたくさん貰うと、簡単に正義の味方になった気分を味わえる。そのためには事実を捻じ曲げる人もいる。

そんな悪役レスラーみたいな扱いなんだ。日本代表選手も育てて、こんなに日本サッカーに尽くしてきたのに(笑)。

───そういうことを知らない人は見てくれとか、SNSでの評判でしか判断しませんし。李さんは格好のターゲットですよ。外見も発言も一般人が連想する「善人」ではない。それにSNSのパワーを舐めていた部分もあると思います。いまやどの企業もSNSでの評判を良くしようと多額の予算を投じる時代です。

舐めているというより、見る習慣がないですから。

───桐蔭学園の方針にSNSの影響もあったのではないかと思います。電話でクレームを入れても対応してくれない企業に対して、SNSを使って糾弾し炎上させたらあっという間に対応してくれた……なんて事例は山のようにありますし。

【李国秀の哲学と今後について】

───桐蔭学園に復帰するにあたり、やりたかったこととはなんでしょうか。

子供たちを世の中に送り出していこうと。それだけですよ。

桐蔭学園というより高校年代の重要性を承知している私としては、指導者として最後の機会を頂戴したと思っていた。勝てば良し、なる風潮に反旗を翻すつもりはないが、サッカーを通して人を育て、社会に羽ばたかすことが私の使命。

サッカー界全体に「育っていない」空気感があって、桐蔭学園が機会を与えてくださるのなら、やらなければならないなと思いました。

───そのやりたかったことはどのくらいできましたか?

考えていたやり方、方法で子供たちが変化していった手応えはありました。そういう手応えがあったなかで降ろされたわけですから、とても驚いています。

相当いろいろなことは見えてきたんです。いまの15歳はものごくポテンシャルは高い。それをこのやり方、言い方でやると、こんなに変化するんだと実感しました。2017年にK1リーグの桐蔭戦を見続けた方はそれを実感しているのでは。

───「やり方」とは具体的にはどのようなものですか。

簡単に言うと「2つができるボールの持ち方」です。ドリブルもパスもできる、右にも左にも行ける、出せる持ち方。まあほかにもあるんですけど、長くなるので。

私のやり方と子供たちの聞く力が合体するから良くなるわけであって、私自身だけの問題でもないですが。

───2017年のK1リーグで全敗したことも批判を呼んでいますが。

意味がわからない。負けるということが課題が出ることでもありますから。悪いことではないのでは。相手チームと学年も違いましたし。

───李さんのその考え方は知っています。ただ世の中でそういう批判が出ていますという意味です。

その「世の中の人」が桐蔭のチームを作っているわけではないでしょう。私が監督するチームだったわけですから。

試合を通して課題が生まれ、その課題をトレーニングで克服し再度試合で試す。これが育成年代の日常です。負けて反省するのは当たり前、これから勝って反省するチームにしたかった。

勝ったら素晴らしいんですか? 負けたら素晴らしくないんですか?

───日本では勝利至上主義が一般的でしょうね。勝ったチームが素晴らしいという世界観。

私は指導というものは人を変えることだと思っています。勝つとか負けるとかとは少し違う次元で見ているので。生まれ変わったとしても同じやり方でやります。

たとえば、ある選手はFWからDFにコンバートしましたが、よく受け入れたと思うし、とてもよく適応、順応しました。そういったプロセスを検証し批評していくことが次に繋がることで、それこそが指導なのだと思います。

───勝利至上主義の人とわかりあえる日は来なさそうですね。

私には勝利至上主義はない。ただそれだけの話です。

学生スポーツの目的は、社会に褒められる事、大人に認められる事。勝つ為には何をしても良いんですか? その次元が問題ではないでしょうか?

メディアも高校スポーツの指導者が全国大会で勝つと闘将、知将、名監督と呼び、選手に対しても超高校級などあらゆる言葉を駆使して称えます。

視聴率も大事でしょう。販売数も大事でしょう。しかしながら大人の(メディア、ジャーナリスト)視点が低ければ学生の成長を見誤るのではないでしょうか。

私は人を変えること、あるいは桐蔭学園サッカー部は素敵な子たちの集まりだね、という部分を見せたかった。桐蔭学園の経営者だったり、学校長が私のやり方について認めたから引き受けたわけであって、パワハラだなんだとどんどん話がズレていくのが奇妙だと思っていました。

そもそも私は監督として日本一は獲ってない。もし日本一を目指して、リーグ戦も練習試合も全部勝たなきゃダメっていうなら、日本一を獲ったことがある人にやってもらえばいいのでは。

───桐蔭学園の方針を見ていると、李さんのやり方について本当の意味で認めていたかははなはだ疑問ですが。

ブレたんですよ。そして気が変わったんですよ。

───先ほど勝利至上主義ではないと仰ってましたが、李さんの育てた選手も結果的にはその勝利至上主義の世の中で生きていくわけですよね。

私の育てた選手でいま監督になっているのは、ベガルタ仙台の渡邉晋君、水戸ホーリーホックの長谷部茂利君、ガイナーレ鳥取の森岡隆三君、コーチでは川崎フロンターレの米山篤志君、仙台の小林慶行君とか…。

みな個々の社会性で難しい局面を生き抜いているんじゃないですか。

契約内容にもよるでしょう。この予算とメンバーで日本一は無理ですというケースもあるだろうし。

私だって「桐蔭学園を日本一にしてください」と言われれば引き受けなかったですよ。学生スポーツは人づくりだと思っていますから。

───人づくりとは具体的にはどのようなものですか。

私は世の中に出て遅れをとならないとか、社会に順応するとか、人の役に立つとか、そういうことをサッカーで具現化したいわけです。

高校生までサッカーを続けた子というのは、少年サッカーから始めた子が多いのでしょうけど、「勝て」とか「走れ」とか「頑張れ」とか言われ続けてきた子が多いのではないかと思います。

しかし、そもそも子供をなぜ育てるのか、なぜ教育するのかというと、自立させるためです。本来、一人で生きていけるように、自立していけるように、と願うのが親ですよね。

サッカー、スポーツは躾けの道具にもなり、精神的にも学び、人の痛みも覚えます。そしてやるべきこと、やってはいけないことも覚えます。

教育という言葉は便利ですが、私は好きではありません。躾けや習慣をスポーツで学ぶのです。

───強豪校サッカー部というと、好きなサッカーを続けながら進学やプロ入りのきっかけをつかみたいと思って入る子や保護者が一般的なのかなと思います。サッカーで進学できなくても、強豪校出身という肩書や思い出、人とのつながりが後の人生で役に立つと。しかし、「人の役に立つ子になる」ためにサッカー部に入る、入れる精神風土は日本にないですよ。

日本の社会構造はところてん式に中学、高校、大学、社会人と進んでいきますからね。しかし、諸外国はそうではない。抜擢された子が次に進めるんです。選ばれた子だけが次に進める。人の役に立てばいろいろな人に認められ、選ばれるはずです。

───サッカー先進国では特にそうなんでしょうね。

日本では中学でオール5の生徒はいろいろな高校に行けるけど、オール3の子はそうでもない。開成高校や麻布高校には、難しい試験をパスしないと入れない。オール3の子が泣いたって喚いたって入れてはくれない。

その当たり前の価値観を部活で実践すると日本では批判されてしまう。

いま日本の強豪校と言われる学校は、部員150人とか、そういう状態ですけど、誰のために、なぜそうなってしまうのかと思いますね。

抜擢されるべきできる子と、まあまあの子、ちょっと落ちる子を分けていかないといけないでしょう。

───みな本音では選抜システムの効率性は認めつつも、スカウトされた「できる子」だけしかサッカー部に入れないのなら、それは心情的には受け入れがたい。選ばれた選手も自分が常に「できる子」である保証もないから不安でしょうし。私立だと学費を払ってるのになぜ入れないのかと、保護者から不満の声も上がりやすい。李さんの言う抜擢・選抜システムは、学校ではなくクラブチームでやってくれと大多数の人が思っているのかもしれません。

私は大多数の側ではないですから。

───私には桐蔭学園の生徒自身が大多数の側に見えますけれども。

サッカー部に入る子供、保護者と面談を通して、私の方針を説明し、納得して入部していただいていると承知しています。

───李さんは、もともとこの世の中、つまり大多数がおかしく、日本社会はデタラメであるという前提で行動している。しかし、今の若者はそうは考えていない。現状の社会やシステムの大きな変更も望んでいない。安倍内閣の支持率は10代、20代が一番高いというデータもあります。

それは知らない。

ただ、中学から高校に上がって、こんなに違うのかと思ったでしょうに。やはり子供たちの多くは中学時代に引きずられますよね。その方が楽なのでしょう。

私の指導を大人が見れば、こんなやり方、言い方で指導するのか、あるいはサッカー以外では、こんな振る舞い方、食事のとり方を子供たちにさせているのか、こんな話をして子供たちの能力開発をしているのかと、驚く人もいるかもしれません。

すべて世の中に出ていくために必要なことですから。

───子供たちの能力開発とは具体的にどんなことですか。

たとえば、「民族を決めるものは何か」という題材でディスカッションをしたこともあります。

すると、ある選手が「言語と習慣です」なんておもしろい意見を言って、非常に驚きました。

サッカー部にそんなこと必要ですか?という人もいるでしょうね。私は必要だと思ったからやったんですけど。

───勝利至上主義でサッカー指導に特化した監督さんと比べると、李さんは指導のあり方が大きく違うように見えます。ジャンルが違う。部の方針が抜本的に代わってしまうと、受け止める側としても困惑や拒否感が強くなる。監督交代時に桐蔭学園側は部員や父兄にそういう説明をしたのかなと疑問に思うのですが。

学校側の準備不足はあったと思います。

いま思えば、2015年、父兄の前で理事長に謝罪させられたときに辞めてしまえばよかった。

───李さんは思ったことが口から出てしまう。それはピッチ内での技術指導には効果があるのだと思いますけれども、ピッチ外では誤解の要因になったのでは。私と会話するときは、よく桐蔭学園の選手を絶賛していましたね。そんな一面が選手たちにはたして伝わっていたかどうか。なんと不器用な人だろうと思って見ていましたけど。そこがすごくもったいないと思います。もし、思ったことが口から出そうになったときに笑顔でやり過ごせば、サッカー界でも袂を分かつ人はいなかったのでは?

袂を分かつ? そんな人いましたか?

───いるじゃないですか。ほら、唐井直さんとか。

唐井君とは袂を分かったわけではないけれども。詳しくは話せないけどいろいろあったんですよ。

───唐井さんから近付きづらい状況なのは事実でしょう?

唐井君はもともと私には近付いて来ませんよ。

まあ、話を戻すと指導者をやるときに選手との間に人を入れたほうが良かったんでしょうね。怒ったり吠えたりするのは、間に入る人にまかせて、私は象徴として笑顔でいれば良かった。

───李さんは良くも悪くも、相手によって態度を変えたりはしない。一本気、あるいは不器用な生き方です。映画や小説の世界では、それは良いこととして描かれるけれども、現実にはそれが悪い結果になることの方が多い。

目先の損得ではなく、サッカーの価値を作り上げねばと思っていましたから、そういう意味では力んでいたのかもしれません。

───桐蔭学園から離れたいま、李さんが今後やるべきこととは何でしょう?

どうしようかなとは思っている。桐蔭での指導に賭けてきた部分もありますから。

そして非常に驚いています。なんでこんな状況になっているんだろうと。

───「大多数」に無頓着だからですかね?

もう指導者としては終わったよね。李国秀は死んだんですよ。

新しい李国秀で生きるしかないのかなと思います。

日本に帰化でもしようかと、ふと考えることはあります。新しい自分が見えてこない限りは何も生まれないだろうと。

───ひとまずブログは続けていきましょう。

サッカーで、スポーツで、日本が変われればと打ち込んできました。

スポーツには価値があります。観ているだけでも、世界と比べることができて、日本の良さや足りないものが見えたりもします。

スポーツの施設を諸外国と比較してみてください。政治、経済、価値観の違いなど、様々なものが見えてきます。日本の良さも鮮明に見せることもできる。

さらに、2019年のラグビーワールドカップ、2020年東京オリンピック・パラリンピックの意義や価値などが日本国民に新たな議論をもたらすのではないでしょうか。

───ありがとうございました。

聞き手:@mzmktr

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