───今回は李さんが経営されているLJサッカーパークのジュニアユースチームについてお伺いします。
LJサッカーパークを開設した目的は、「サッカーで町内会を作ろう」「3世代が集う空間を作ろう」ということですから、その理念の中で中学生にサッカーを教えているということですね。
───LJジュニアユースとこれまでのキャリアで作ってきたチームの違いはありますか?
私の話をすると、読売クラブで選手になった高校時代から「僕の年俸はいくらですか?」「僕をいくらで買ってくれますか?」という価値観の中で生きてきました。雑誌などで世界の一流選手の年俸を見て憧れたものです。「僕もそうなりたいな」と。
しかし日本ではなかなか難しい面もあって、香港でプロになったりもしました。その後、チームのマネージメントも含めて横浜トライスター、全日空の創成期に携わることができました。そして指導者として、桐蔭学園や駒澤大学、ヴェルディ川崎を経て現在があります。
つまりこれまでは、ある程度「出来る」ことを前提にしたチームにいました。しかし、LJジュニアユースは「3世代が集う空間」という施設の理念に根ざしています。「この施設ではこういうことができます」というオプションの一つとして存在するわけです。
だから「出来る子」もいれば「出来ない子」もいます。それが悪いというわけではなくて。
───ジュニアユースチームはコミュニティづくりの一環であると。
いま神奈川県の小中学生が行きたがるチーム、あるいは親御さんが子供を入れたいチームってどんなチームだと思います?
───Jの下部組織とかですか?
社会論的な見方をすると、「日本一」とか「強い」とか、そういうものを追いかける習慣が日本全国にあります。
たとえば「体の調子が悪い。病院に見てもらわないと」という状況になったら、「どのお医者さんが一番腕がいいのだろうか」と考える人は日本には少なくて、「病院に行けば安心だ」という発想の人が多い。要はブランドなのかもしれない。
スポーツに話を戻すと、日本の習慣として「強いところに行こう」という傾向がある中でLJジュニアユースを運営しています。
───小中学生年代から勝利至上主義的な傾向が強いわけですね。
ですから、LJジュニアユースに来る子たちが小学校6年生のときの技量において、優れている子はJの下部組織、二番手グループの子は県で優勝するような名のある強いチームに行きます。
そこに漏れた子たちがLJジュニアユースに来るのかなという感じですね。
私の知識とか経験とか、あるいはキャリアとかを見て訪ねて来られる方はそんなに多くない。
───勝つチーム、強いチームが「いいチーム」で、そこに入りたいと願う価値観が根強いと。偏差値で高校や大学を決める受験生の心理と同じなんでしょうか。偏差値の高い学校に良い指導者や教授がいるとは限らないのに。
思えば私が桐蔭学園で監督をしていたときも最初は選手を獲るのは大変でしたよ。桐蔭学園は大学受験では有名でしたけど、サッカーでは無名でしたからね。
中学1年生に「大人に認められるためにサッカーをやろう」と問いかける李国秀流の指導
───では、実際にLJジュニアユースでは中学生にどのような指導をしていますか?
私がジュニアユースを指導するときは、まず「大人に認められること」が重要であると選手に伝えます。
中学1年生になった子たちに、「いままでなんでサッカーをやっていたの?」と訊くと、「好きだから」「プロ選手になりたいから」とか、様々な答えが帰ってきます。様々あってもちろんいいのですが、私は「今日から中1だよ、どうする?」という問いかけから始めます。
「プロ選手になりたい」と願うのは結構なことですが、それは誰が決めることですか? 大人が決めることですよね? 君はプロ選手になりたい、しかし大人たちは「君はダメだ」「君はいらない」と言う。これが少年たちの未来に待ち受けていることです。
今日から中学生になったんだから、大人に褒められたい、大人に認められたいということに主眼を置かなければいけませんねと選手に伝えるんです。それがLJジュニアユースの「軸」です。
───中学生には難しいかもしれませんね。
そうかもしれません。
まずはじめに「今日から中学生だよね? 小学生じゃないよね? つまり1コ階段昇ってますよ。お父さんお母さんが君たちを一生懸命応援して、お金も出してなぜここに通わせているかわかりますか? 一人で生きていくためですよ。自立した人間になっていくためですよ」と問いかけながら指導していくわけです。
こんな日本語が中学1年生にわかるだろうか? という疑問はあるのですが、われわれはそうやって子供たちをそそのかして、導いていきます。
「上手くなりたい」「プロ選手になりたい」という動機付けを、「大人に認められる、そのためにサッカーをする」という視点にリセットしてサッカーを始めさせる。それが私のサッカー観です。
───「大人に認められる」という視点は、サッカーに限らずどの世界でも重要なことのように思います。私は大学生の就職活動に通ずるものを感じてしまいました。
こういう「しつけ」って私がやるべきことなんだろうか?とも思うんですよ。本来だったら家庭とか学校とかでこういう指導をすべきではないかと。
なぜ私がサッカー指導の前にこうした問いかけをすることから始めなければならないのか、というところに社会情勢を垣間見ることができます。
───加入したあとはどのような指導があるのでしょうか。
LJジュニアユースは年に3回の合宿をします。合宿では食事の摂り方、食事のときの洋服の着かたといった点も「大人に認められる」という視点からしつけていきます。
食事の時にいっぱい食べる子と少ししか食べない子、物の受け渡しを両手でする子と片手でする子、大人はどっちを褒めますか? 子供たちに訊くと知ってるんですよ。わかっているなら、「じゃあ、そうした方がいいよ」と導くわけですね。
家庭でも学校でも、そういうことを注意深く指導していないのかもしれない。それが悪いとか言いたいわけではなくて、LJジュニアユースではフィールド外でもそういう指導をしますよということです。サッカーを含めて、すべては自立した社会人になっていくためのツールという捉え方をしていますから。
自分の意志を自分の言葉で伝えられるようになることが3年間の指導のもっとも大きな成果なのかもしれない
───中2、中3は進学を見据えなければなりませんよね。
中3の4月には本人、親御さんと三者面談をして「高校進学はどうしましょうか」という相談に乗っています。
───サッカーを続ける子と続けない子が出てきますよね。
それは個人の問題でしょうけど、私の基準で「競技でやっていける子」「レクリエーションとしてならやっていける子」に分けます。本人の希望も聞きます。
「私の見る限り、競技として続けるのは難しいね」と伝えなければならない子もいます。そう伝えたら泣きじゃくった子もいました。その子には人生サッカーばかりではありませんから、「君は成績もいいし、医者になれば日本代表のドクターだって目指せるぞ」と補足して伝えました。
───学校の成績も把握しているんですか?
LJジュニアユースに入る前に、「うちのチームはこういう方針で活動をします。大丈夫ですか?」という面談を親御さんを交えてしていて、通知表も持ってきてもらっています。通知表を持って来ていただけない方には加入はご遠慮いただいています。
───高校でも競技者として続けられる子とそうでない子はどういう基準で見分けるのでしょう?
ボールが自由に扱えること、判断能力、サッカーに対する心構えから私なりに判断しています。
本人の希望と私の見方が合致し、それを親御さんが後押しできるか。この3つが揃わないと難しい。
本人はサッカーの能力があるのに、親御さんがそうさせたくないという家庭もあれば、ボールを自由に扱えないのにサッカーを続けたいと希望する子もいる。いろいろなケースがあります。
私が見て「この子はサッカーを続ければ将来おもしろい」という子が、本人も「そうですよね、僕やれますよね」とその気になってくれて、親御さんがそれを後押しするといった具合に三者の意見が合致するケースは実は稀です。
───中学校の三者面談よりも将来を見据えて踏み込んだ話をしているのかもしれませんね。
学校じゃないんだから面談なんてしなくていいんじゃない? という人もいますが、そうではないだろうと。スポーツで関わった子供たちですから。
チームに入れ、トレーニング称する「しつけ」を行い、試合という場で発表させ、そして高校に送り出す。LJジュニアユースはこの4つを行うチームなのです。
───高校進学を「送り出す」という言葉で表現している指導者は他にいないかもしれません。
3月には「In & Outセレモニー」という卒業式のようなイベントをやっています。
200人以上の聴衆がいる中でスピーチが恒例でチームの思い出を各自が話します。われわれが3年間サッカーをやってきた中で一番大きな成果なのかもしれない。つまり、自分の意志を自分の言葉で伝えられるということです。来てくれた関係者の方たちも、みなそこに驚きます。
子供たちがこうして変わっていくのは、われわれが日常、子供たちにきちっと接することを重視しているからです。子供たちは我々の言葉を理解しないかもしれないし、単語の意味がわからないこともあるかもしれない。しかし言葉のキャッチボールを続けていくことで、子供たちは変わっていくんです。
聞く力、観る力、振り返る力、やってみようとするバイタリティ。勉強の成績も重要でしょうが、サッカーを通して人間力の一端を身につけることができるのではないでしょうか。私はそれがスポーツの持つ力だと確信しています。
COMMENT ON FACEBOOK