日本時間6月16日明け方に行われたコンフェデレーションズ杯ブラジル戦について、元ヴェルディ総監督・李国秀の批評をお届けします。
サッカーのツボを心得ているブラジルに、日本の良さが消された。大人と子供と言えば厳しすぎるかもしれないが、格が違った。
差は、動きの質と走り方、しかもそこに目的がある点だ。一流はギアチェンジできる走り方をする。陸上選手のような日本に対し、ブラジルはサッカー選手に必要な走り方をしていた。
荒れたピッチでも、イレギュラーバウンドに対応して加速できるのは、柔軟な走り方ができているからだ。さらに、パスをもらう前に必ずフェイントを入れる。日本の選手は混乱させられ、神経を消耗させられた。
守備でも、走り方がうまいから、日本選手が「3メートル先にいる」と思った次の瞬間には、近くに寄せることができる。立ち方にも余裕があり、足を出すうまさがあるからグイッと伸びてくる。
一生懸命になり過ぎる日本との柔軟性の差であり、ブラジルの強さの秘密はそこにあった。選手は点差以上にショックだっただろう。
ザッケローニ監督も窮地に立ったと言える。
選手交代で打つ手が、勝ちに行くというよりも、何をしたいか分かりづらかった。相手のスコラリ監督が後半、速攻を繰り出して戦い方を変え、選択肢を多く持とうとしたのと対照的。チームはこれでは高まっていかない。
ブラジルはサポーターも手厳しかった。ネイマールが交代する際に起こったブーイングは「もっとやれ、もっと良いプレーを見せろ」という意思表示だろう。あらゆる面で、本物との違いを見せつけられたゲームだった。(元ヴェルディ総監督)
読売新聞6月17日朝刊より
───コンフェデレーションズ杯ブラジル戦、日本代表は0-3で敗れました。
サッカーの監督とは一夜にして英雄、そして一夜にしてお払い箱になる職業です。オーストラリア戦では40%という驚異的な視聴率を勝ち取り、英雄となったザッケローニ監督ですが、このゲームで一転、窮地に立たされたのではないでしょうか。
───この負けは当然の負けでしょうか?
両チームのメンバーを見比べると、ブラジル代表のほうがネームバリューがあります。そして、選手はさすがブラジル代表と言われるほどの値打ちのあるプレーをしました。
ブラジル代表には欧州で大金をもらってプレーしている選手が多い。日本代表選手がもらっている対価との差がこの敗戦を正直に物語っているのではないですか。そういう意味で、欧州の一流クラブが正しいお金の使い方をしていることが証明されたのかもしれません。
そもそも、なぜザッケローニなのか
───日本代表は前半3分にいきなり失点してしまいました。
ブラジルはサッカーの鉄則をきっちり守ってプレーしてきました。一方、日本代表は鉄則が散漫でした。
たとえば前半3分のネイマールの得点。彼の技術の高さは褒めないわけにはいきません。しかし、彼の前にDFが立っていたらどうだったでしょうか? もう少し体を寄せていたらどうだったでしょうか?
ブラジルのDFは前半18分、本田が右足でシュートを狙った場面できっちりと体を寄せてきました。ブラジル代表というと華やかさばかりが注目されますが、彼らはシュートを楽に打たせないというサッカーの鉄則に非常に忠実でしたね。
───日本は後半に2失点しました。
前半と後半でブラジルは戦い方を変えてきました。ギアを上げてきたとも言えます。なぜ、そういうことがきるのか。
勝った負けた、あるいは何失点したかという表面的な批評より、ブラジル代表と日本代表の差に注目すべきでしょう。
ブラジルではプロになるための関所、代表選手になるための関所が、日本とはケタ違いに多いのですよ。
───関所? 競争が激しいということでしょうか?
日本の選手がプロになるための関所は、小学6年生、中学3年生、高校3年生、大学4年生で進路を決める際、上のカテゴリーを運営する大人からの評価を受けます。ですから関所はせいぜい3つか4つ。
しかし、ブラジルの選手は中学生のときから合宿生活で、新しく上手い選手が入ればチームを去らなければならない選手が出てくる。ですから毎年、毎月が関所なのです。最低でも10箇所くらいの関所を通過してやっとプロになっているわけですね。
───競争の激しさというより、サッカーを取り巻く制度の違いですね。
ブラジルの選手は幼い頃から負荷をかけられ育ち、あの場に立っています。10歳までだと日本にも上手い子は多いのですよ。しかし、15歳だとどうでしょう?
日本でもJリーグの下部組織はありますが、社会通念上、ブラジルのように「君はいらないから学校に戻りなさい」とはなりません。
───そういう違いを突きつけられると、ブラジルに追いつける気がしませんね。
制度の違いは仕方ありません。しかし、この記事を読んでくださった方々が日本とブラジルを比較し「なるほど」と思ってくれるのならば、何かが変わるかもしれません。
───ザッケローニの采配は妥当だったのでしょうか?
彼の采配を「良い」「悪い」とするつもりはないですよ。ただ、窮地に立ったとは言えるでしょう。
たかが1試合ですが、サッカーとはそういうものです。
───先発メンバーについてはどう思われましたか?
前田の代わりに清武を入れ、本田を前に出したことについて何か言わせたいの?
ザッケローニの狙いを推測するに、まず中盤でボールを動かしながら攻める。そして前に出した本田が右や左に流れたら、そこに清武や香川が入っていくといったことがやりたかったのかもしれませんが、ブラジルは深く守るチームですからまったく機能しませんでした。
───窮地に立ったザッケローニ監督はどうなってしまうのでしょうか?
サッカー界では、成績に関わらず「この監督にやらせても可能性がないな」と思われたら、監督は解任されます。では、ザッケローニがどうなのかを議論する前に、少し整理をしましょう。
そもそも何でザッケローニなんですかね? なぜ岡田武史監督の次がイタリア人のザッケローニなのか。その議論がなされないまま今まできてしまいました。
その前は欧州人のオシム、その前は南米人のジーコ、その前は欧州人のトルシエ。この国の代表監督を決める立場の人たちは日本代表にどうなって欲しいのでしょう? 欧州に学びたいのか、ブラジルのようになって欲しいのか。まったくわかりません。
───なるほど……。ブラジル戦の日本代表選手に、あえていい部分を探すとしたらどのような点が挙げられますか?
ありませんよ。ブラジル戦に関してはいい部分を探すのが難しいでしょう。
なぜあんなに簡単にボールを取られるのか、そしてそのことに誰もイライラしないのか。試合中に誰も指摘しているように見えなかったのがとても不思議でした。
ブラジルと日本、何が違うのか?
───来年のW杯ではベスト16、あるいはベスト8まで勝ち進むに値するチームになるのでしょうか?
わけのわからない質問ですね。12月のW杯抽選会で組み合わせが決まる前にそんなことを語っても無意味でしょう。
しかし、今回のコンフェデレーションズ杯に限って言えば、決勝トーナメントに進むのは厳しいのではないでしょうか。
イタリアもメキシコも、日本よりはプロ選手になるまで、代表選手になるまでの関所が多い国です。日本はたしかに強くなりましたが、世界でベスト10に入れる国になれるかどうかの関所はまだ通過していません。
───その関所を通過するにはどうしたらいいのでしょうか?
サッカーを見る側やメディアの方々も、もう少し視点を上げてくださるといいのではと思うのです。
私は試合のたび、メディアが小学生のように「勝った」「負けた」「あの選手が良い」「アイツが駄目だ」と騒ぐことに閉口しています。TVに出演している元サッカー選手も含めてね。
冷静にブラジル戦を論じるなら、ブラジルと日本を比較する視点を持ってほしいと思います。
───ブラジルと比較するとどう違うのでしょう?
まずブラジルは立ち方、ボールの持ち方、ボールへの寄り方がみな素晴らしい。立ち方がいいからボールへの寄り方もいい。そしてボールへの寄り方がいいから、いい足の出し方ができる。最後の球際で足がスッと伸びてボールを奪うことができる。
そして、あのじゃがいも畑のようなピッチでも、ブラジルの選手はボールを運ぶことができる。体のバランスが良く、スピードもあります。
ブラジルには関所が多いから、基本所作がしっかりした選手しか生き残れないのですよ。
───日本人が思う以上に選手の力量に差があるのですね。
ブラジルは日本相手に6点取れる力があります。しかし日本は2点取るのは厳しいのではないですかね。
ブラジル代表と日本代表を比較するなら、サッカー選手が育つ社会や育成組織の比較もしてみるとおもしろいですよ。
───社会と言いますと?
日本では小中高と大人たちは「日本一をとれ」と言います。しかし、ブラジルは育成年代で全国大会はやりません。大人たちはいい選手がいないか探すのです。
小中高と「日本一を目指せ」「勝て勝て」「走れ」「頑張れ」と言われ続けてきた日本の選手たちが、全国大会のない国と対戦し、いいところなく敗れてしまうのは滑稽ですよ。
また、日本では小学生がサッカーで日本一をとっても、サッカーだけやってないで勉強しなさいと言う大人もいます。日本では、サッカーの値打ちがその程度なのか、あるいは大人たちが子どもに無関心なのでは? とも思います。
───コンフェデレーションズ杯、次はイタリア戦ですね。
この大会はタイプの違う3つの国と対戦でき、いろいろなサッカーを見ることができるのがいいところです。例えるなら、コンフェデはランチ、W杯はフルコースのディナーといったところでしょうか。日本代表にとって、何が足りていて何が足りていないのかを見極めるにはいい大会です。
───ありがとうございました。
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