Lee's Words 李国秀オフィシャルブログ

「なぜザッケローニなのか」の議論なき日本サッカー界

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元ヴェルディ川崎総監督の李国秀が日本代表の監督選びについて語ります。

───前回はオシム監督時代をテーマに日本代表監督論を語りました。今回は第二次岡田政権以降をテーマに日本代表監督論を語って頂ければと思います。

岡田君に関して言えば、第一次岡田政権で日本一有名な監督になったわけですが、その後にJ2のコンサドーレ札幌の監督になって、言わば出直ししたということの素晴らしさをもっとみんなが理解してあげるべきだろうと。

───その後、横浜Fマリノスの監督になって結果を出して、その後に代表監督。2010年のW杯前は批判が多かったものの、初戦のカメルーン戦に見事勝利し、勢いをつけました。

順当なら引き分けの試合だったでしょう。カメルーンと対戦するならば、初戦しか勝つチャンスはなかったかもしれません。カメルーン戦が2試合目だったらどうだっただろうかと思いますね。

───カメルーンに勝った時、日本人の多くは喜ぶのはもちろん、驚いたのではないでしょうか。

私は2010年のW杯は読売新聞の解説委員の立場から観戦しました。それ以前に、サッカー人としては、この試合はおもしろいか、つまらないかという視点から観戦します。

もちろん内心、「日本は大丈夫かな」と思うことはあるのですが、意識的につとめて冷静に、客観的な視点から見ています。読者にどう伝えるかが仕事でしたので、サポーター的に「喜ぶ」「驚く」という感情はなかったですね。

ジーコJAPANのお粗末さと監督を選んだ人の責任

───第ニ次岡田政権では、本大会に入る直前、突然の戦術変更で本田選手がFWにコンバートされました。

私は戦術というものにさほど興味はないし、細かな話を蒸し返すことにあまり意義は感じません。

人選という部分では、あのときなぜ香川を落選させたのだろうとか、考えることはあります。ただ、代表監督は毎日マスコミに晒されて……通常の神経ではできない仕事です。大変なプレッシャーの中での選択ですから、私がどうのこうのと述べても、深い議論にはならないのではないでしょうか。

強いて過去の日本代表について語るとすれば、責任についてですかね。

───「責任」と申しますと?

たとえば、ジーコ監督の話になってしまうのですが、鹿島アントラーズでもそんなにいいことをしたとは思えないのに、なんで川淵さんがあそこまで思い入れを強くしたのかなと。川淵さんは言動からは、弱い人には強く出て、強い人や知名度の高い人には媚びへつらう人のように見えます。

───代表監督の任命責任ということですね。

2006年W杯では、結果よりもむしろ、あの内容のお粗末さに日本国民はイライラしたわけじゃないですか。

───内容のお粗末さとは、具体的にどのあたりを指してですか?

私はサッカーの醍醐味とは「あうんの呼吸」だと思っています。ジーコJAPANはそれがほとんどない代表チームでしたよね。俗っぽく言えば、行き当たりばったり。規律とかオートマティズムのないサッカーだったと思います。

初戦のオーストリア戦の逆転負けに始まり、次にクロアチア戦。スコアは0-0でしたが「大人と子供の差がある」という内容の原稿を読売新聞に書きました。

読者から0-0なのだから「大人と子供の差」とは厳しいのではないか?と言われましたが、「あうんの呼吸」があるかどうかを基準に観るのが私のサッカー観です。

高給と大きな権限をもらって監督をやったジーコが批判されるのは当然です。では、その監督を選んだのは誰? という話になるわけです。

ジーコが鹿島アントラーズで監督をやっていたときも、そういう「あうんの呼吸」はなかったと記憶していますがね。

───1999年から2000年にかけて、ジーコは総監督という肩書きで鹿島アントラーズを指揮していますが、たしかに内容的にはあまり印象がないですね。

それでもなおジーコ監督を選んだわけですから、選んだ人の責任は重いだろうと。

───岡田監督時代についての「責任論」についてはいかがお考えですか?

誰がなぜ選んだの? がやはり大事です。

98年W杯の第一次については行き当たりばったりじゃないですか。ただ、当時は大変な状況だったにも関わらず、W杯初出場ですからね。すごいことですよ。適任だったのかもしれない。

その前に岡田君はコーチとして代表チームに加わりました。加茂さんが岡田君をなぜコーチに選んだのかはわかりませんが。

考えてみれば、岡田君はいつもピンチヒッターで代表監督になっています。大変だろうなとは思いますね。

誰が何を根拠にザッケローニを選んだのか

───オシム氏が倒れられた後、岡田氏はなぜ選ばれたのでしょう?

それは選んだ人に訊いてください。

なぜ選ばれたかと言えば、ザッケローニってなんで代表監督に選ばれたのだろうという疑問はありますね。3年前までは、日本のサッカー界で特に名前を取り沙汰された記憶はないんですよ。

私は名前を知らなかったですし。ACミランの監督だったと言われて、ああそうなのかと思ったくらいで。正直な話、3年前の時点でザッケローニの名前を知っていた人ってどのくらいいるんですかね。

───どうでしょうね。海外サッカーマニアなら……。

歴代の日本代表監督は、やはり選ばれるほどの人ですから実績はありますし、監督としての仕事の進め方も知っています。ですから、ザッケローニに関しても、采配や勝ち負けについて細かく批判するもつもりはないです。

私があえて、代表監督について語るならば、やはり誰がなぜ選んだのか。

───ザッケローニでないならば、どんな人が監督として適任だったのでしょう?

日本は評価基準があまり明確ではないように思います。なぜこの監督なのかという議論の叩き台となる基準です。

もし私が基準を定めるとするならば、やはり日本、アジアを知っている人ですよ。そういう意味でジーコを監督に選んだ気持ちはわからないでもない(笑)。

ただ近年の実績を加味すれば、浮かんでくるのはヒディンク監督でしょう。アジアを知っているうえ、ずば抜けた観察力、分析力がある。

───ヒディンク氏は2002年には韓国代表監督としてベスト4、2006年にはオーストラリア代表監督として日本の前に立ちふさがりました。

2002年W杯の1年前に開催されたコンフェデ杯では、どうしようもなかった韓国代表が、2002年にはすっかり変わっていましたから。たった1年であそこまで変わるものかとびっくりしました。韓国ベスト4の裏に、レフェリングの問題があったにせよ。

日本代表に話を戻すと、日本はW杯では、優勝はまだ現実的ではない。では、ブラジルW杯に日本は何をしに行くのか。ベスト16なのか、ベスト8なのか。ブラジル大会でどの位置を狙うのか、それによって監督選びは変わってきます。現状では、その議論があまりなされた形跡がないのが気になります。

───ザッケローニ監督は8月14日のウルグアイ戦後の記者会見で「私はW杯優勝というリクエストは受けていない。就任したときのノルマはW杯に出場させることと、日本代表を世界の強豪に近づけることの2つだった」と発言しました。

ザッケローニは大変素直な方です。守秘義務が存在するであろう契約内容を打ち明けたわけですから。

先のコンフェデ杯での惨敗、練習試合のウルグアイ戦を通じたメディアの攻撃にうんざりし、本音が出てしまったのでしょう。メディア側の勝利とも言えます。

しかしながら協会サイド(契約当事者)は困惑するはずです。12月の抽選会をにらみながら、ブラジルW杯観戦を計画している方々にも、困った話でしょう。

現在、サッカー界は日本代表頼みです。試合をすればチケットはソールドアウト、テレビ中継は高視聴率と、社会で注目を浴びている中での正直な告白が、今後どのような形で終焉するのか、注視したいですね。

───ノルマとしては「W杯出場」は低すぎ、「日本代表を世界の強豪に近づけること」は曖昧に思えます。李さんはいかがお考えですが?

契約したい側(日本協会)、契約を受けた側(ザッケローニ)の双方をメディアが取材し、ザッケローニ発言の真相を究明すべきでしょう。

サッカーは、日本サッカー協会の所有物ではないはずです。良い議論を期待したいですね。

───ブラジル大会ではベスト8あたりを現実的な目標にすべきなのではないでしょうか?

そのための監督が、いままで誰も知らなかったザッケローニなんですか? おかしいでしょう。

───たしかに唐突感は否めません。

どういう目標があってなぜ選んだのか。そこに論理性がないと、一般の方々には「サッカー界ってすごいですね」とはなかなか思って頂けない。つまりサッカーの値打ちが上がらない。

現実には、日本代表の監督選びをひとつとっても、いろいろなことがチグハグしていますね。どうしたらこのチグハグさを是正していけるのか、それがわれわれサッカーで生きている人間の使命なのかもしれません。