───6月4日に行われたW杯アジア最終予選オーストラリア戦は1-1の引き分けとなりW杯出場権を手にしたわけですが、戦前はどのような試合になると予想していましたか?
そのような予想はしません。私が読売新聞でサッカー評論の仕事を続けているのは、サッカーの素敵な部分を広く伝えていく、そしてサッカーの値打ちを上げていくことに意義を感じているからで、試合に勝った負けたで一喜一憂するような捉え方はしていないのですよ。立場的にも勝っても負けてもどうということはないですし。
───試合は記者席からご覧になっていたのですか?
はい。W杯出場権をほぼ手にした中でホームの試合ですから、どちらかというとのんびり見てましたよ。
───先発メンバーからなにか感じるものはありましたか?
ほぼ予想通りではないですか? 岡崎と清武、どちらを使うのかなというところが気になったくらいで。
種をまいた岡田監督に再評価を
───前半は日本がやや押していたような気はしましたが。
隣の記者の方と話す機会もないくらい非常に見応えのある前半でした。行き詰まった良いゲームです。オーストラリアはボールの動かし方が非常に上手い。
───それはオーストラリア代表のオジェック監督の成果なのでしょうか?
何を言ってるんですか。サッカーの監督にできることは少ないのですよ。代表監督に選手を技術指導する時間があると思いますか? オーストラリアの選手個人が少年時代に身につけた技術でしょう。加えて言うなら、ボールを動かす「考え方」もオーストラリアには備わっていました。
───日本代表については?
見ていて「おいおい」というボールの動かし方は日本のほうが多かったですよ。
ボールの動かし方以外でも、たとえば前半34分の遠藤君が振り切られて、オーストラリア選手とキーパーの1対1になってしまった場面を振り返ると、あれが決められていたら遠藤君は代表からいなくなっていたかもしれないというほどのプレーでした。
───後半はいかがでしたか?
前半が終わったときに読売新聞の記者と、どちらのチームがハーフタイムに「よっしゃ、行けるぞ」と言うだろうね? という会話をしたのを覚えています。私はどちらかというとオーストラリアの方が「しめしめ」と思っていたのではないかなと見ていました。
───ハーフタイムに監督はどのようなことをするものなのですか?
監督は後半に向けて選手を鼓舞します。時間は5分、長くて10分程度でしょう。
───実際に後半が始まって、両チームに違いは見えましたか?
後半は両チームとも前半を継承してオーソドックスに始まりましたね。
───81分には先制されました。
栗原を投入し3バックにした采配を見ると、おそらくザッケローニ監督は「負けないだろう」と思っていたのではないでしょうか。
試合には様々な見方があります。結果責任をどう見るか。たとえば前半に香川がキーパーとの1対1を決めきれなかったこと、後半に長友がキーパーとの1対1が止められてしまったこと。これらが決まっていれば楽勝だった試合です。
しかし、それはあくまで結果ですから。サッカーの監督には、危機管理能力が必須です。つまり、どのような状況にも対応できるように様々な手を持たねばならないのです。たとえ楽勝だったとしても、行き詰まる試合だったとしても、備えがあるかどうかが重要なのです。
───ザッケローニとオジェック、備えがあったのはどちらですか?
くだらない質問ですね。私はサッカー評論を通して戦犯探しをやっているわけではありません。ザッケローニもオジェックも、様々な手を持っていることが認められたからこそ、W杯を狙える国の代表監督をやっているわけです。どっちが上でどっちが下かという議論はしません。
───ザッケローニ監督への評価は4年間が終わり、しばらく時間が経たないと定まらないということでしょうか?
結果は歴史が証明するものです。ひとつ言えるのは、ザッケローニ監督は安倍首相と似ていて、とても運が良い方です。取り巻く空気が良いし、巡り合わせも良いです。
───安倍首相とザッケローニ監督は似ていますかね?
つまり、他人がまいた種が自分の時代に運良く実ったということです。両チームの先発メンバーを比べると、名前の通ったクラブでプレーしている選手は日本の方に多い。しかし、それはザッケローニ監督の成果ではないですよね。
私は前任の岡田監督をもっと評価してあげてもいいのでは、と思っているのです。本田、香川、内田、長友、川島、長谷部、彼らが成長したのは岡田監督が種をまいたからとも言えるのではないでしょうか。
もちろん岡田監督時代と比べると、たとえば大久保嘉人君がいなかったりとか、細かい違いはあります。そこがザッケローニ監督の特徴とも言えます。
あわや失点のシーンで感じた遠藤保仁の衰え
───なるほど。予選を通しての日本の戦い方はいかがでしたか?
たとえばオーストラリア戦、交通事故のような失点をしてしまいましたが、その後追いついたところを見るにつけ、神がかっていたと感じました。
しかし、試合の背景を考えると日本はホームで準備万端、相手は準備不足。組み合わせにも恵まれています。次の相手はイラク。つまり、戦争中の国ですよ。まともな準備ができると思いますか? 他のグループの組み合わせのほうが厳しいと思いますね。
───良かった選手、悪かった選手を教えて下さい。
先ほども言ったように、戦犯探しや誰が良くて誰が悪いなんていう話が聞きたいのなら、スポーツ新聞を読めばいいんじゃないですか? 代表選手はみな「いい選手」だから選ばれているわけです。細かな点で異論はあるでしょうけど。
あえてオーストラリア戦に即して述べるならば、本田は間違いなく特別な選手でしょう。香川や吉田は持っているものからすると、やや物足りなく感じました。
そして前半、相手に振り切られた遠藤はもしかしたら自分の限界を感じたかもしれませんね。
───遠藤選手に衰えが見えるということですか?
力が落ちたなと感じました。来年も遠藤と長谷部のボランチで大丈夫かなと。
遠藤を振り切った選手が川島との1対1を相手が決めていたとすれば、遠藤は代表落ちしなければならないほどのプレーでしたよ。あのとき、彼は来年W杯のピッチに自分が立っていられるか不安になったかもしれません。
───1週間後にはイラク戦があります。
イラク戦は実質的に練習試合です。コンフェデに向けて新しい動きがあるかどうかが見えてきます。
コンフェデでの戦いは、W杯でどのくらいやれるかの試金石になるでしょう。つまり、使える選手、使えない選手が見えてきます。
───W杯に向けて日本に足りない点はあるのでしょうか?
何度も言うように、私はザッケローニ監督に「いい」「悪い」と点数をつけるつもりはさらさらないのですよ。
日本はこれで5大会連続出場が決まり、日本には5重のサッカーファンが生まれたことでしょう。初出場のときからのファン、2回めの日韓大会からのファンなど、様々な方がサッカー好きになっていったはずです。それが38.6%という驚異的な視聴率につながったのでしょう。
しかし、サッカーへの見方、あるいはこの国のサッカー評論というものが98年から5段階上がっていったかといえば、非常に疑問だと思います。勝った負けたという一過性の批評だけでいいのか。日本に足りないのはそこじゃないですか?
───日本人のサッカーの見方はまだ浅いと……?
オーストラリア戦は圧勝の可能性もあったし、負けていた可能性もあったわけです。「勝った!やった!」という一過性の批評だけでなく、もっといろいろなサッカー批評があっていいと思いますね。
香川と本田の比較論でもいい。香川は世界でトップクラスのクラブに所属し、本田はメジャーとは言えないロシアでプレーしている。2人の差は何なのか。先日、ネイマールの移籍報道がありましたが、欧州の一流クラブは欲しい選手には何十億でも出すのですよ。なぜ本田はそうならないのか。そういった議論があってもいいのではないでしょうか。
───来年のW杯、日本はどのくらいまで行けそうですか?
12月の組み合わせ抽選会の結果が出る前にそういう話をしてもあまり意味がないでしょう。
それよりも私は、来年、あの遠いブラジルにどれだけの日本人が行くのだろうかと、楽しみにしているのです。多くの方々に足を運んで頂くために、選手は値打ちのあるプレーをしなければなりません。「さすが代表選手」「やはり有名な選手は違う」と、ファンにワクワク感を抱かせるプレーをしなければならないでしょう。
───ありがとうございました。
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